学院長からのメッセージ

home>> 学院長からのメッセージ

 爽やかな若葉が美しい春の訪れが待ち遠しいですね!
 今年はイタリアの本校を多くの方々に知って頂く為、フェイスブックを開設いたしました。
 日本事務局の教室は小規模のスペースですが、2年目に進学する学生さんたちの校舎は、フィレンツェのリドルフィ宮殿が校舎に成ります。フィレンツェの街並み、人々の行き交う情景、また、海を越えた知らない土地も画像で見ることが出来、色々な国から芸術や文化を学びに来る同年代の若者と交流できる唯一の学校であります。この出会いは何物にも代えがたい経験であり未来への財産です。
 2年目のスピネッリの授業は、本物の絵画を教材に、実技と理論が実施されます。
 ですから、日本での授業は、修復の全くの基本を学ぶ事に重点を置きます。
 どんな分野でもそうですね。逸る気持ちを抑えて、基本を学ぶ事は今後進む課題に応用力を付けることに成ります。まず、16世紀~18世紀のフィレンツェの芸術作品が教材として実践で修復できるのはパラッツオ・スピネッリ芸術修復学院だからこその環境です。
 日本に於いても保存修復科が大学に設置され、20年近くなるのでしょうか、また専門学校、カルチャー的なスクールも昨今開かれています。
 スピネッリ校の本科は5専門課程、日本の学校と違うのは絵画科だけでも3年間の時間を、実技理論、化学生物理論及び修復美術史に要すことです。実技を習得しながら、絵画の構造と、それらの理論を並行して学ぶ事に大きな意味があります。一つ一つの工程を理解して行くのです。例えば、汚れた絵画を洗浄するのに溶剤を使います。何でも良ければとは言えませんね。そこで化学の力が必要になってきます。幾つかの工程を経ながら、その都度どこで何が必要か?
 その疑問を学問によって技術の理解を求めます。修復士の世界は大変奥深いものなのです。近い将来、専門家に成ったとき、傷つき、絵の具が剥離された絵画の表面をどの様に加筆するか悩み、朽ち果てた作品に心が痛み、修復士の心まで痛んでしまうことも恐らくあると思います。此の時を繰り返し、そして乗り越えてこそ修復士自身も成長して行くのでしょう。
 日本とイタリアの学校教育の趣旨は異なると思いますが、ヨーロッパ絵画、彫刻、その他の芸術品などの修復の知識は小さな工房から始まり美術館での保存美観の必要性に伴い、修復工房が併設されています。欧州の個人工房、美術館はいつでも誰もが修復の作業の見学が出来ます。この様に自然な環境の中で行われているシステムは私達の国こそ必要なアプローチだと思います。此の一つの機会があってこそ、私たちが生きる為の芸術の文化を垣間見ることが出来るのでは無いでしょうか、小さい頃、風のように去った思い出が、ある時、目覚めて今の自分を作るという事もありますね。
 私自身、留学して、美術は建築から始まるという、美的で歴史的なイタリア文化思想概念を理解するのに、そう時間は懸かりませんでした。レオナルドを始め巨匠達が絵画のみでなく多くの分野にその才能を生かし、現代に至っても、彼らの芸術における存在感は不滅です。1988年フィレンツェ国立美術院在籍中の事、修復に興味を持ったアカデミアの友人が中退をしてパラッツオ・スピネッリ芸術修復学院に入学した方もおりました。因みに彼女は日本の方で、現在はフィレンツェに在住、紙の修復のプロとして活躍しています。
 話を1988年に戻します。この時代からもスピネッリはヨーロッパの中で、私立では唯一の、修復教育機関として貴重な存在でありました。それはフィレンツェの街に住む人々が証明しています。スピネッリ校、その誕生のきっかけは、1966年のアルノ川の大洪水(詳細はホームページにて)にあります。この大災害を経験し、芸術と共に生活をしてきたフィレンツェ人しか解らない心の豊かさでした。反面私達、文化社会では、「修復」という単語さえ聞きなれぬ言葉でした。今でも、美術教育のカテゴリーの中にさえ入っていません。残念なことです。子供の頃から豊かな文化が何気なく繋がっている、本当は此の環境が一番の教育かもしれません。
 ともあれ、今や情報の世界、コンピューターをクリックすれば海外の学校のホームページも開けます。何と便利な世の中に成りましたね。
 イタリア本校パラッツオ・スピネッリも学校の情報を広くホームページにて配信しています。最近はイタリア語から日本語への翻訳も、それなりに分かるくらいのレベルに成りましたから、どんどんトライして見て下さい。(日本校のホームページからリンクできます。)本校は設立して今年で40年、三千人からの卒業生を各国に送り出しています。日本の方も努力と忍耐を重ねてフィレンツェに留まり独立して工房を構えています。
 技術者とは、就職の前に相手方にアピールできるほどの実力をつける事、諦めず乗り越えて欲しいですね。そして3年間の学問を生かし修復士以外の道を探る事も不可能ではありません。例、建築、アーティスト、美術館、各マーケッティング、美術史家等、それぞれの分野で修復の知識は活用できます。想像力を養い、考える力を持つことにより辛い勉強も楽しくなる筈です。当然、好きな道を進む分けですから。
 一般論として日本人が外国語で学ぶ事は他の国の方々より、とても大変です。留学した学生さんの中には、ご自身の努力不足の為、学校を恨んだり、誰かのせいにしたりする方もただおります。
 海外で学ぶという事は、受け身では駄目です。誰も助けてくれません。学校では特にクラスメートとの会話、教授との会話は、たとえ間違っていても積極的に行動することです。自分が伝えたいこと、また知りたいこと、語学はそこから勉強、辞書を引くことから始めて下さい。
 色んな事を書きましたが、一生懸命頑張っている人にはイタリア人は物凄く応援してくれますよ。
 どうぞご自分を主張してください!

パラッツオ・スピネッリ芸術修復学院 学院長 船山 千尋

Copyright(C) 2016 Istituto per il restauro e l'arte - l'ambiente. All rights reserved.